1986年〜1989年−秋山幸二の部屋

1986年〜1989年


 1986年、西武ライオンズ監督が森祇晶に交替。開幕を5番で迎えるが、ブコビッチの不振により4番の座を任される。 この年も本塁打40本以上放ち、初のベストナインに外野手として選出された。
 日本シリーズでは史上唯一の第8戦で有名なバック転ホームインを披露。 シーズン終盤本塁打王を争うためルーキー清原和博と4番を交替したことが好結果を生んだことでAK砲の原型が完成。

 1987年、西武打撃陣が軒並み打撃成績を落とす中、3番センターの定位置へ定着したこともあり、秋山1人が成績を維持、3年連続40本塁打以上を記録。 この年落合が中日に移籍したこともあり、ついに本塁打王のタイトルを獲得する。
 史上初の40本塁打・40盗塁も期待されたが、38盗塁で惜しくも達成できなかった。 しかし130試合という試合数を考えれば驚異的な数字だった。

 1989年チームは近鉄バファローズに優勝を奪われるが、初の3割を記録。 パ・リーグ史上4人目のトリプルスリーを達成。



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